きょうのインデックスは・・・「マッシー村上」
先月の23日、メジャーリーガーのICHIRO が10年連続200本安打を達成したことは記憶に新しいところです。
10年「連続」ではありませんが、10シーズンで200本安打を達成したメジャーリーガーがいます。
「 Hit King(=安打王)」こと、ピート・ローズです。ピート・ローズは、大リーグ通算4,256安打を誇る偉大なバッター。
このピート・ローズと対戦した日本人 メジャーリーガーがいるんです。
その人物こそ、「マッシー村上」こと村上雅則さん。
山梨が生んだ、日本人初のメジャーリーガーです。
村上さんは、1944年生まれ、北都留郡七保町=現在の大月市の出身。
法政第二高校在学中の1962年、南海ホークスに入団。1964年、村上さんは、サンフランシスコ・ジャイアンツ傘下の1A・「フレズノ」へ野球留学という形で派遣されます。
弱冠20歳での渡米でしたが、得意とするスクリューボールと、現地で習得したチェンジアップにより、リリーフ左腕としてすぐに結果を出し始めます。
様々な苦労を乗り越えながら、活躍を重ね、アメリカのファンから「マッシー」の愛称で親しまれるようになりました。
アメリカに渡ったその年の8月、村上さんにサンフランシスコ・ジャイアンツへの昇格、つまりメジャー昇格が告げられます。1Aからの昇格ですので、2 段階の飛び級 !
9月のニューヨーク・メッツ戦で、メジャー初登板を果たした村上さんは、この年、9試合で1勝1S、
防御率1.80という成績を残します。
これが日本人がメジャーリーグに、初めて残した記録です。
1964年の出来事ですから、今から46年も前。
メジャーリーグと言いますと、ドジャーズなどで活躍した野茂英雄投手を思い浮かべますが、それよりも30年ほど前のことになります。(野茂さんは95年に入団)
当時のS. ジャイアンツは、後に殿堂入りを果たすスターが大勢そろったタレント集団。
村上さんは、そんな名選手と共にチームの勝利に貢献、2年目(1965年)も、45試合で4勝1敗8S
防御率3.75と大いに活躍し、契約の関係で日本に戻ります。
その後、南海ホークスや日本ハム・ファイターズなどで、合計103勝をマーク。現役引退後も、指導者やメジャーリーグ 解説者として、現在も活躍されています。
さて、山梨出身のプロ野球選手には、巨人軍の監督も務めた堀内恒夫さん。
阪神で活躍した久慈照嘉さんら、そして、現役選手では、大月市生まれの小林雅英選手。メジャーリーグにも在籍して、現在は、巨人で救援投手として活躍しています。
また山梨市出身の巨人・松本哲也選手は、育成選手からレギュラーとなり、去年は新人賞などを獲得。山梨県イメージアップ大賞も受賞しています。
ぜひ、みんなで地元出身選手に声援をおくりましょう!
スポーツを頑張っている子どもたちにも、
「いつかは、プロ野球、そしてメジャーリーガー!」
そんな夢を持って頑張って欲しいと思います