きょうのインデックスは・・・「聖牛・川倉」
「聖牛」とは伝統的な水防工法で、日本三大急流のひとつ「富士川」では現在も活用されています。
「聖牛」は武田信玄の創案によるものと云われ、釜無川、笛吹川に施工されていましたが、信玄の勢力圏拡大に伴って天竜川、大井川、安部川等に伝わり、その後、全国各地に広がりました。
急流河川の流れが強いところに複数個配置され、増水した時に水の勢いを弱め、河川の決壊を防いできました。
三角錐に木を組み合わせた形状で、その形が牛の角に似ていることから名付けられたと言われています。
地域によっては、聖牛を「川倉」と呼ぶところもあり、山梨市では、「川倉」の名称で、現在も水防訓練等で活用されています。
その山梨市の日川小学校・少年水防隊では,ふるさとを学ぶ学習のひとつとして、「川倉」活動に取り組んでいます。
これは、自分たちの住む日川地区を水害から守ろうと、古くから伝わっている伝統的な水防設備を、自分たちの手で作るもので、日川小学校では25年以上前から行っています。
また、今年6月に、身延町の富士川水系で実施された「山梨県水防訓練」では、地元の
身延町消防団が「川倉」を組み立てる訓練を行いました。
9月になると台風は日本付近に近づきます。このとき秋雨前線の活動を活発にして大雨を降らせることがあります。
過去に日本に大きな災害をもたらした台風の多くはこの経路をとっています。
特に山梨県に多くの被害をもたらしたのが昭和34年の台風7号と15号=伊勢湾台風です。
河川の氾濫が続出し、強風によって多くの家屋を損壊させました。この2つの台風により、山梨県下では死者行方不明者105人、流失全壊家屋3,500戸の被害を出しました。
ちなみに、この台風の台風災害に対するお見舞いとして、アメリカ・アイオワ州から、種豚35頭及び飼料トウモロコシ1,500トンが山梨県に贈られ、その翌年に山梨県とアイオワ州は姉妹締結をして、本年50周年を迎えました。そこから交流が始まったんですね。
その贈られた種豚が改良され、現在の「フジザクラポーク」になっています。
過去の教訓をもとに、治水や砂防の整備が進んでいる現在でも、やはり自然の脅威・台風には備えが必要です。
家庭では、テレビやラジオなどの気象情報に十分注意して、台風が近づいているという情報が入った場合は、外出を控えたり、家の外の備えや、避難場所などをもう一度確認してください。
山梨県では、甲府気象台が発表した『警報・注意報』や『土砂災害警戒情報』、そして『地震情報』を、登録した方の携帯電話にメールで配信しています。(登録無料で、通信費用は利用者の負担になります。)
詳細はこちらをご覧ください。
また、県のホームページでもこれらの情報を公開していますので、ご利用してください。
山梨県のホームページはこちらです。
また県では、現在、防災訓練への参加を呼びかけるテレビCMを県内民放放送局で放映しています。(8月22日~9月4日OA)。
山梨県出身のプロレスラー武藤敬司さんが出演しています。
山梨県のHP「山梨インターネット放送局」でご覧になれます。
「山梨インターネット放送局」はこちらです。
台風、そして地震による被害も、訓練などの備えがあれば被害を最小限に食い止めることができます。
県内では、8月下旬から各地域で防災訓練が始まっておりますので、ぜひ参加し、日頃の備えとしてください。
2010年8月アーカイブ
きょうのインデックスは・・・「名水やまなし」
夏の暑い時期には、川の流れやせせらぎの音に涼しさや爽やかさを感じますよね
豊かな森林から生み出される豊富な水も、山梨県の魅力のひとつ。
ミネラルウォーターの採水地として生産量は日本一!
全国シェアは、およそ4割を占ているんです!
環境省では全国各地の「名水」とされる湧水や河川などを「名水百選」として選定しています。
昭和60年(1985年)に選定された、「昭和の名水百選」と、平成20年(2008年)に選定した
「平成の名水百選」があり、山梨からは昭和と平成、合わせて箇所が選ばれています。
「昭和の名水百選」では、
忍野村の「忍野八海」(湧水)
北杜市の「八ヶ岳南麓高原湧水群」(湧水) 「白州・尾白川」(河川)
「平成の名水百選」では、
甲府市の「御岳昇仙峡」(河川)
都留市の「十日市場・夏狩湧水群」(湧水)
山梨市の「西沢渓谷」(河川)
北杜市の「金峰山・瑞牆山源流」(河川)
今年は、残暑が厳しそうですので、名水に触れ合いながらの散策・・・なんていかがでしょうか?
例えば、八ヶ岳南麓高原湧水群。
標高およそ1,000メートル付近に現在28箇所以上の湧水が確認されていて、代表的なものが
「三分一湧水」。
雑木林の中にあって、水温11度の水が1日およそ8500トンも湧き出ています。
戦国時代に武田信玄が整備し、三つの村に農業用水を三等分するために三角石を置いたと伝えられていて、今でも堰のその三角の石が置かれています。
また、信玄が整備した軍用道路・棒道の一つの出発点も近くにあって歴史散策にもぴったりです。
「20世紀は石油の時代、21世紀は水の時代」と言われています。
”水”は私たちの暮らしや産業はもとより、あらゆる生命の維持に欠かせないものです。
山梨県では、水や、水を蓄える森を、創り、活かして、守り次の世代に伝える
「森の国・水の国やまなし」の確立を目指しています。
現代の日本において、”水”は蛇口をひねれば、いつでも好きなだけ使える・・・と思ってしまいがちです。
しかし、世界的に見るとそのような地域は稀で、約69億人の世界人口のうち11億人が安全な飲料水を得ることができず、26億人が下水道の整備されていない地域で暮らしているといわれています
おいしい水や、きれいな空気を創ることは、山梨県のような緑豊かな自然環境に恵まれた森林県の役割でもあります。
山梨は、水を作り育む上流・水源地域であることをあらためて考えてみませんか?
きょうのインデックスは・・・「山梨の盆 南部の火祭り」
「お盆」の季節ですね。
正式名称は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と言います。
先祖や亡くなった人たちが苦しむことなく、成仏してくれるようにと、子孫が、供養をする期間が「お盆」。
関東では7月13日から16日までの4日間を、関西では8月13日から16日までの4日間でおこなわれることが多いようです。
しかし、農繁期を避けて開催することが多く、山梨では8月のお盆が一般的ではないでしょうか。
日本では、西暦606年、推古天皇の時代に、初めてお盆の行事が行われたと伝えられています。
13日の夕方に「迎え火」を焚き、先祖の霊を迎えます。期間中には、僧侶を招いて、お経をあげてもらうなどの供養を行います。そして、16日の夕方に、「送り火」を焚き、先祖に帰ってもらいます。
キュウリとナスに割り箸を刺して、馬と牛に見立てた精霊馬(しょうりょううま)を飾ることもあります。
キュウリは、馬の例えで、お盆を少しでも早く迎えられるように、との願い。
ナスは、牛を表し、お盆が終わって、帰るときはのんびりと帰って欲しい、という思いが込められているそうです。
さて、そんなお盆の8月15日に行われるのが、「南部の火祭り」。
起源については定かではありませんが、江戸時代初期、水運業で名をはせた豪商・角倉了以(すみのくら りょうい)によって富士川の改修が行われた後、舟運が盛んになった元禄時代ごろから始まったと思われ、「盂蘭盆会」(お盆)の送り火や、川施餓鬼(かわせがき)と呼ばれる川供養の行事と合流して、受け継がれてきたとされています。
また、火祭りには、稲を病害虫から守るための「虫送り」の意味も込められているということです。
かつては、富士川下流域全域で行われた行事であったようですが、今は南部町で行われる「南部の火祭り」だけが伝承されています。
南部の火祭りのオープニングは「投松明(なげたいまつ)」ではじまります。
「投松明(なげたいまつ)」は、10数メートルの棹先に乗せたカゴをめがけ、火をつけた松明を片手でぐるぐる回して投げ入れる行事で、松明の灯りが円を描いて飛び交う様子は、まるで夜空を舞う精霊のよう。
続いて、僧侶の読経に合わせて進められる「灯籠流し」。
そして、約3万本の卒塔婆(そとうば)を積み重ねて作られる「大松明」へ点火がされます。
「大松明」の炎は、仏様の道明かりとなり、厳かに行われます。
そして祭りのクライマックスは、「百八たい(ひゃくはったい)」。
富士川の両岸、およそ2キロメートルにわたって置かれた、108つの松明に一斉に点火されます。
そのかがり火は、水面、そして近くの山や空も真っ赤に染めて、幻想的な風景をつくりあげます。
8月15日(日)午後3時~、富士川南部橋の周辺で開催されます。
ぜひ、山梨の夏の一大風物詩をお楽しみください。
花火もすごいですよ
きょうのインデックスは・・・「御師宿坊」
夏山シーズン真っ盛り!山梨には、多くの登山客が訪れていますよね。
なかでも人気なのは、やっぱり「富士山」。
近年の登山ブームの影響もあって、去年の夏は、山梨側からの登山者だけで24万人を超えています。
昔から、修行、そして信仰の山でもある富士山。
かつては、「富士講」と呼ばれる富士信仰の人々の登山が盛んで、江戸末期を中心に多くの富士講信者が、山頂を目指しました。
その富士講の登山者を導いていたのが、「御師」と呼ばれる人たち。
御師は富士講で訪れた人々に、宿泊や食事の用意、それに登山の案内人である=強力(ごうりき)の手配などを行っていました。
富士登山の入り口である北口本宮冨士浅間神社周辺には、「御師」の宿=宿坊が数多く存在し、たいへん賑わったということです。
富士講の衰退とともに減っていった宿坊ですが、現在も民宿として営業しているところもありますので、富士講気分を味わってみてはいかがですか
御師の家の特徴を残す旧外川家住宅
富士講の信者は一度「御師」と縁を結ぶと、次回も必ず同じ宿坊に世話になることから、シーズンオフには関東一円で熱心な富士講の勧誘活動も行われたそう・・・現在の観光キャンペーンみたいな感じでしょうか?
その御師宿坊の名残を今なお強く残す富士吉田市にある、「世界遺産インフォメーションセンター ~金鳥居茶屋~」では、「おし街さんぽ」というガイドツアーを行っています。
このツアーは、かつての御師の町並みや、北口本宮冨士浅間神社を巡るもので、実際に歩いてみると、御師宿坊を示す石柱の門や石碑など、街のいたるところに当時を偲ばせるものが残っていて、富士山とともに暮らしてきた上吉田の生活の様子や文化を知ることが出来ます。
このガイドツアーはつのコースがあって、なんと無料です!
詳しくは、ふじよしだ観光振興サービスのHPをご覧ください。
ふじよしだ観光振興サービスのHPはこちらです。
コースになっている北口本宮冨士浅間神社の入り口
8月8日は、「やまなし山の日」です。
この機会にぜひ「山に親しみ、山に学び、山と生きる」ことを実践してみて下さい。
山と親しむには登山はもってこいかもしれません・・・。
ただし!
例えば、富士山の山頂は真夏でも4度~6度ととても寒く、軽装では大変危険です。
どの山に登る際も、装備や体力など、じゅうぶんな事前の準備を心がけてください。